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上越市高田地区で古くから親しまれてきた日本最古の飴屋。明治時代には北陸巡幸で高田を訪れた天皇も好んで召し上がっていたという、やさしい味わいの飴を作り続けている。

高橋孫左衛門商店 北国街道沿いで創業し、現在も同じ場所に店を構える

江戸時代から続く、日本最古の飴屋

高橋孫左衛門商店は、1624年(寛永元年)に創業した「日本最古の飴屋」。越前藩主・松平忠直の家臣だった初代・六左衛門が、国替えの際に高田藩の横春日町へ移り、越前の一部地域で盛んだった飴の製造をしたのが店の始まり。江戸時代の戯作者・十返舎一九も、同店を何度か訪れた記録が残り、著書「金の草鞋」の中には、当時の様子が記載されている。また、明治時代に活躍した小説家・夏目漱石の著書「坊ちゃん」には、高橋孫左衛門商店の「笹飴」が登場。同店はさまざまな文化人に愛されてきた老舗なのだ。

創業当時から作り続ける「粟飴」

現在も販売している「粟飴(あわあめ)」は、創業当初から作り続けている歴史の深い商品。粟に麦芽を加えて糖化させた水あめのことで、当時高級品だった「砂糖」を使わずに作れる甘味として、庶民から親しまれてきた。1790年(寛政2年)、高橋孫左衛門商店は、日本で初めて「もち米を使用した粟飴」を作ることに成功。淡い黄色が美しい透明な水飴で、「飴色」の語源になったとも言われている商品だ。また、もち米を原料として使い始めてからも「粟飴」という商品名は変えずに販売を続けている。近年では、粟を原料とした創業当時のものを復刻した、「粟の古代飴」の販売も行う。

皇室からも愛された功績を持つ

創業当時から作られていた「粟飴」と並ぶ看板商品が、「翁飴(おきなあめ)」だ。商品の誕生は、3代目が大阪へ修業に行った際に、「寒天」と出会ったことがきっかけ。寒天を飴づくりに活かそうと越後へ持ち帰り、水あめと混ぜて乾燥させたところ、もちもちとした独特な食感に仕上がった。乾燥することで余分な水分が飛び、賞味期限が長いことも魅力の一つ。日持ちの良さから参勤交代の土産品としても重宝され、江戸を通じて全国に広まったという。徳川家の御用菓子として愛されていたほか、明治時代には北陸巡幸で高田を訪れた明治天皇が皇后への土産に自ら購入したという逸話も有名だ。現在でも地元民を中心に親しまれており、贈答品としても人気が高い。

  • 高橋孫左衛門商店
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生産者紹介

14代目:高橋孫左衛門
14代目高橋孫左衛門

高橋孫左衛門商店の14代目として生まれ、高校時代から飴作りの手伝いをしてきた。東京製菓学校で基礎と技術を学んだ後、都内の和菓子店で修業を積む。25歳の頃、生まれ故郷の高田に戻り家業に入る。1987年には14代目代表に就任し、3代目から続く「孫左衛門」の名を襲名した。「日本の甘味の原点である水あめの甘みを、日常のお菓子として多くの方に楽しんでもらいたい」と語る高橋さん。近年では「翁飴」の形状を、桜や干支にアレンジした季節限定商品の販売も行う。創業当時から続く「飴一筋」という伝統を守りながら、今後も多くの人に親しまれる商品を作っている。

店舗詳細

店舗名称 高橋孫左衛門商店
住所 新潟県上越市南本町3丁目7番2号
アクセス