温活の山倉
新潟県見附市 店舗ジャンル:織物・衣類製造国内有数のニット生産地である見附市で、1951(昭和26)年に創業。機織り業で培った長年の技術を活かし、温活に特化したニット製品の製造・企画・販売を手掛ける。
見附の歴史が育んだ、確かな手仕事
1951(昭和26)年に見附市で創業した「温活の山倉」。見附市は、江戸時代から明治時代にかけて「見附結城(綿織物)」の産地として栄え、糸問屋や染色工場が軒を連ねた歴史を持つ。「温活の山倉」は、そうした繊維の街の熱気に包まれながら、機織り委託業として歩み始めた。数多くの生地を見てきた糸問屋や、妥協を許さない目利きのプロからの注文に応え、緻密な布を織り上げる。その積み重ねの中で磨き抜かれたものが、山倉の礎となる確かな職人の技だ。終戦後、大きく成長を遂げた、見附のニット産業。「温活の山倉」もニット製造に事業を転換し、培われた機織りの技術をニット製法と融合させた。堅実な布を織り上げる精度や熟練の技、そして情熱は製品の一つ一つに受け継がれている。
見附の技が織りなす、日常に寄り添う製品
「温活の山倉」は、これまでの製造主体のスタイルから、製品の企画・販売までを一貫して手掛ける体制へと2001(平成13)年に舵(かじ)を切った。雪深い新潟で寒さと向き合い誕生したのが、インナーやネックウォーマーなどの製品だ。3代目の山倉誠太郎さんは、「一つ一つに特別な温もりが感じられて、冷えた冬の日にそっと寄り添えるものを作りたいと思ったんです」と、語る。熟練の職人が丁寧に作り上げていく製品には、人の手ならではの温かみが宿る。見附が育んだ繊細な編み技術と、高品質な素材の融合により、たっぷりと空気を含んだ編み地が、身体を芯から温めていく。一つ一つに込められた職人の想いは、使い手の日常に寄り添い続けている。
生産者紹介
3代目山倉誠太郎
見附市出身。繊維業を営む家庭に生まれる。社会人となり、東京の機械メーカーで営業や開発を担当。その後、32歳の時に実家に戻り、家業であるニット製品の製造などに携わる。2005年に代表に就任し、製品の企画にも力を注ぐ。「見附ニットといっても素材もさまざま。一本の糸が、自分の想像力ひとつでさまざまな形へと変化していく姿は、とても面白いです。これからもニットの魅力を引き出す製品作りを研究し、開発していきたい」と、笑顔で話す。
店舗詳細
| 店舗名称 | 温活の山倉 |
|---|---|
| 住所 | 新潟県見附市学校町1-10-56 |










































