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創業1825年。糸魚川市を代表する焼き菓子「山のほまれ」を製造する「御菓子司 紅久」。地域から200年近く愛され続け、協力しながら地域を盛り上げる。

御菓子司 紅久 2013年に新築した店舗。多くの地域住民がギフトを購入しに足を運ぶ

200年近く愛され続ける老舗和菓子店

糸魚川市にある「御菓子司 紅久」は、江戸時代後期の1825年から続く老舗和菓子店。初代はもともと、清崎城に勤める茶坊主だったとされる。加賀藩主から気に入られたことをきっかけに、松風軒(しょうふうけん)という屋号を与えられて菓子店を創業。明治時代に入ると店名を「松風軒 紅久」と改め、現在の紅久という名前を名乗り始めた。当初は金玉糖、羊羹といった一般的な菓子を製造し、地域から愛されていた。「1932年と2016年に店舗・事務所が大火で焼け落ちるといった困難も多く経験したが、地域の皆様のご協力もあって紅久は存続できている」と笑顔で語る代表の安田さん。現在は、さまざまな地域貢献活動に参加するほか、外国人旅行者向けの和菓子作り体験といったサービスも展開。より多くの人に笑顔になってもらえるよう奮闘している。

昭和初期に生まれ地域を代表する菓子となった「山のほまれ」

創業当初から200年近く、伝統の和菓子を作り続けてきた「御菓子司 紅久」には、店の顔となっている「山のほまれ」という商品がある。カステラの材料を金型で挟み込んで焼いた菓子で、販売開始された1934年当時にとって、卵やバターといった栄養価の高い素材が使用されていた。焼型のデザインや商品のレシピなどは、地域の高名な人たちからの協力を得て完成されており、山のほまれは店舗のみならず糸魚川市を代表する商品の一つとして愛されている。当初は手のひらよりも大きな大判サイズで、しっとりした食感だったそうだが、1953年以降は地域の声を受け、小さく食べやすいサイズとパリッとした軽い食感に変更された。商品の大きさ・食感は時代に合わせて変わりながらも、地域から強く愛されていることは変わらない。

  • 御菓子司 紅久
  • 御菓子司 紅久
  • 御菓子司 紅久
  • 御菓子司 紅久

生産者紹介

6代目:安田貴志
6代目安田貴志

糸魚川市出身。200年近く続く「御菓子司 紅久」の6代目として生まれる。東京の大学を卒業後に外食企業へ2年間勤務するも、自身の将来を考えたとき、早く菓子業界に入るべきと考え、東京の和菓子店にて5年間修行を経験。その後、実家の「紅久」にて代表へ就任する。現在、看板商品「山のほまれ」のレシピを知っているのは安田さんのみで、伝統の担い手として工場の管理も担当している。「2度も大火に見舞われた紅久がいまも営業を続けられるのは、地域の方々から愛されてご協力いただいたから」と語る安田さん。地域貢献も含めて、自らの仕事と考えて活動している。

店舗詳細

店舗名称 御菓子司 紅久
住所 新潟県糸魚川市本町7-13
アクセス
営業時間 8:30~18:30
定休日 火曜